くだらない

くだらないです

ファミレスファイト

「ねぇ、私がどれだけいらいらしたか、わかった?」鼻の左側の穴を、左手の親指でほじくり、鼻毛に粘着した、鼻糞を、爪先で搔き出すK。そのついで、「わかったよ」って、唇を動かした。
「あぁもう、なんなの」こいつ(S)は、この世界に向けて言ったのよ。そうよね。なんなの?この世界に生きてる限り、切り離せない話題だわ。
「あいつは工学部だな」と、K。メニュウ表が立てかけてある場所から、塵紙を一枚取る。そこに鼻糞をこびりつけ、窓辺に目を移した。
「あの性欲が強そうな丸眼鏡のことかい?」と、I。三人は窓際の、雲がかった朝暘にウインクできる席に座っているの。IはKの正面に座り、そのIの肩にレストランの通路沿いから、Sはもたれてる。
「性欲が強いかは、俺にはわからないけどな」このレストランは、大学のキャンパスに沿って車が流れていく道路の、ちょうど真向かいにあるビルに位置してる。二階にあるの。三人が座る席からは、そこの道路を流れる車だけでなく、歩道や路側帯を流れる朝一の新鮮な大学生を視野の中に認めることができたわ。
「いかにも。朝一のペッティングを終えてきたみたいな顔してる」Iがそのときちょうど歩道を歩いていた大学生を見ながら、こう言うと、Kはココアの粉が沈殿したコァヒィカップの中へ、塵紙をぽとりと落す。続けざま「あんな小洒落たベルボーイみたいな恰好をした紳士が?」と口にした。
「あんたわかってないね。小洒落たベルマンみたいな格好をしたやつが、一番性欲強いの。君の考えの甘さ、80パーセント」Iの肩から、Sの頭部が離れる。窓辺を一瞥するなり、Sは口を開いた。
「あいつ、中央食堂前の草むらでよく女の子とたむろしてるやつじゃない」
「そうそう、よくその草むらで精神的ペッティングをしてるんだ」Kは唇を左右にしぼり、鼻の穴の通気性を確認。それから、「君の心、大丈夫?」と、呟いた。
Sは御手拭きやプリントが散らばる机の上から、ワインレッドに塗装された、てかてかの手垢付き携帯を手に取る。再度Iの肩に頭部をのせる。携帯のビデオ機能で、左斜め前の席に座り、鼻の穴に指を突っ込んでいる男性を撮影し始めた。携帯の画面に映し出される男性に向け、Sは話しかける。
「ねぇもう、そういう何学部か何かとかもうどうでもいいからさ、私の話、聞いて」
「今の言葉、効いたよ?」と、膝掛けの位置を整えるI。
「お前、何やってんだよ」当ファミリイレストランでは、外の薄明かりと、暖色の照明が混ざり合い、独特の薄暗さを作り上げていたわ。ちなみに机の上にはそこら中に紙やら筆記用具やらが散らばってた。
「うん」と、S。
「ちょいちょいちょい」と、言いながらなおも鼻糞を取り除いていくK。右手で携帯をいじくってたんだけど。ここで窓辺に携帯ごと、手を置いた。Sは動画の撮影を停止すると、Iの肩を離れる。携帯を机に置き、今度は足元(膝掛けの中)にあった湯たんぽを、両足の平で取り押さえる。右腕を下ろし、湯たんぽを掴むと、顔面の前に持ってきて、上下に振り始めたわ。たっぷんたっぷん。
「ほら、人の話、聞かないから」Sがこう言うと、湯たんぽの揺れに合わせ、身体を上下にふりながら「ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい」と、I。
「聞いてるよ」Iは机の上に手の平を添え、振動が三つのソオサアとコァヒィカップに伝ったわ。
「ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい」
「静かにしろ」Kの目前にいた物体は、静止。ここで、右太ももを激しく叩き、け、ら、け、ら、と、笑い始めるS。なおも湯たんぽを上下に振り続けているわ。Kが鼻糞を取り除く作業をひと段落させ、Sの方に顔を向ける。一通り満足したのか、湯たんぽをIの膝掛けの上に。
「私はもう、フざけたこと以外、何も言えなくなったな」と、S。Kは右手で後頭部をさすり、左手で角の無い、消しごむの裸体を掴む。地毛でもあり、寝癖のようでもある、へんてこな後ろ髪から、ふけが散らされる。
「ふざけた顔してるからね」Kが後頭部をさすりながらこう言うと、Sは、「ははは」と声を発し、反転。膝掛けは崩れ落ち、膝はIと共同で座るソファの上に。レストランの喫煙席には自分達以外がいないことを目視すると、こう、口にした。
「ねぇ、真面目な顔してると、怖いよ。って言われるしさ、頑張ってニコニコしてると、何考えてんの、って言われるしさ、どうすればいいと思う?」
「しらねぇよ、その顔に生まれた時点の問題だ」Iの膝掛けに置いた湯たんぽを取り、Sは再度座り直す。掛け布団を取り、自分の背中の下へ、湯たんぽごと、しまい込んだわ。白い天井に、シミがついてるの。いくつか。そのシミを眺めながら、「ここにいるの何日目?」と、I。
「しらねぇよ。四日目くらいかな」と、K。こいつの『しらねぇよ』ってやつは、『君は今、私に。とても心地よい間合いで、質問をしたのですよ』くらいの意味なのよ。
「あいつは人文っぽいな」Kはこのとき、消しごむの黒ずんだ箇所を先ほど鼻糞をほじくり出していた方の親指で愛撫。視線をレストランの窓辺に移し、公道を自転車で流れる一人の若造に目を留めていた。
「いや、理学部かな」とI。
「なんで?」Kは愛撫を終えたばかりの消しごむを、机上へ放る。このとき、そこら中に散らばったルウズリイフやプリントの中を奇しくも駆け抜けるような形となり、また、いくつかのコントロウルを失った愛撫後の裸体は、音を立てず、倒れこんだ。
「人文では見たことないよ。それにあいつはピロウトークで宇宙にまつわる話、例えば今目にしている星々の光は一体、何年前のものなんだ?とか、その程度の浪漫溢れる話をしていれば他人の子宮を喜ばせることができるみたいな考えをもっていそうな顔をしてるんだ」再度、手垢付き携帯を手に取るS。先ほど撮影した鼻糞を取り除く男性の動画を眺めていた。
『ねぇもう、そういう何学部か何かとかもうどうでもいいからさ、私の話、聞いて…今の言葉、効いたよ………お前、何やってんだよ……うん…ちょいちょいちょい…』
「お前は人の顔を見ただけで、どんなピロウトークをしているかまでわかるの?」Sは飲みかけたコヲンポタアジュの入るカップをソオサアから離す。自分の手元に引き寄せた。
「いかにも」
ボタンを押す。撮影が始まる。Sのショートパンツから流れ出る、パンストが映る。
「私の元カレはピロウトークで自分のまつ毛の長さについて説明する人だった」引き寄せたカップに、こう言うと、手垢付き携帯を立て掛け、今度は鼻糞を取り除いていない男性がクリイム色のソファと共に、映りこんだ。
「じゃぁおれは、どんなピロウトークをするんだ?」
「君はピロウトークをしない。いや、できない。なぜか?ピロウトークをしようとした時、すでに彼女は眠っている。それはピロウトークではない。独り言。ピロウの上で寝静まる、彼女の横で、君は仮にこう語りかける。君のおっぱいの形は、いやはやピレネー山脈とは何だったのかー」
「ちょいちょいちょい」と、声をあらげるK。
「なんだよ?」と、こちらも声をあらげるS。
「何やってんだよ馬鹿」Iは分離したコヲンポタアジュの横で、陰険な表情の男が映っていることを認知。純白の携帯を掴み、手指をひねる、スライド。Sとコヲンポタアジュ横の男が映った。
「お前、何回も同じこと言わせんなよ」
「だって人の話、全然聞いてくれないから」コヲンポタアジュ横で、男は顔を宙に上げ、目は左上の方へに向けられている。
「聞いてるって」
「聞いてるなら答えて」ここで、窓際に座る男は対面する二人の女性の目下にあった『くま』に注目した。
「何を答えればいいの?」
「ほら、聞いてないじゃん」
「今日、雪降るらしいよ」こう言うと、ポタアジュ横の男は携帯を手に取る。Sが腕を組み、前屈みになったところで、Iの手元から男の姿が消える。
「へぇ」と、I。
「お前またそうやってゲームばっかして、私とゲーム、どっちが大事なん?」シャッタア音が鳴る。
Kは「お前、朝っぱらから元気だな」と、口にすると、暖色の照明に照らされた二人の美少女が画面いっぱいに映ったことを確認し、写真フォルダに保存。
「お前、女の子にどんなこと言われたら嬉しい?」Iの純白の携帯を握る手は、目下の『くま』を隠す。Iはこの間、じっと口を閉ざしてたの。Iの携帯に、男の本体が映る。
「知らない」
「彼女ができないわけだよ」Iはシャッタア音が鳴る度に、前後に揺れるポオジングを取り、さも銃弾に打たれているかのような臨場感を出してた。
「別に欲しいなんて言ってない」
「好き。顔をうずめたくなるくらい」
「なんだよ、気持ち悪いなぁ」シャッタア音が止まる。
「冷たい言葉を使えば、冷たい言葉が返ってくるし、あたたかい言葉を使えば、あたたかい言葉がかえってくるよ」
「はいはい」 この『はいはい』のところで、ポタアジュ横にいた男の動きは停止。一瞬にして、画面から消え去った。
「この線からこっち側に入ってこないで」
「それは言われたい」
「中途半端な優しさは、もういらないの」Iは携帯を降ろす。目下の『くま』は、露わに。シャッタア音が鳴る。Iの身体はその音に反応することなく、手指をひねる。画面は閉じられた。
「なぁ、腹減ったよおれ」
「頼みなよ」Kが座っている方のソファに、お茶目な子どもか、ヤンキイにえぐり取られた跡、みたいな窪みがあって、Kは自分の携帯をそこに差し込んだ。
「あれは、絶対農学部だよ。だって作業着着てるもん」
ここで久しく唇を割らなかったIが口にした言葉は、「朝一、首から下までネッキングされたねあれは」というものだった。
「私ね」
「お前はいい目をしてる」と、K。
「大学生なんて朝一でネッキングしてくれる時間さえあればあとは何でもいいの」Iは昨日、笑いをこらえるために口内を必死で噛んだため、出来上がった口内炎(右頬の裏にある)を、舌で舐めずっていた。
「お前さんもいつかわかるよ」
「わからなくていいよ」
「待て、そういうファッションかもしれない」
「私さ」
「女の子だよ」Kがこう口にすると、Iは口内炎の舐めずりを停止。
「女の子だからこそ、ファッションかもしれない」と、I。
「私、自己愛も自己嫌悪もー」
「え、待って。よく見たらさ」対面する二人は、窓辺へ身を乗り出し、複数のうさぎが描かれた一枚の膝掛け(うさぎ達は皆、手を繋いでいる)がぱたりと落下。
「男じゃん」ここで、Sの両手は宙に浮きあがり、暖色の光が差し込む。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっふはっはっはっ」
ソオサア上にのるスプウンが空虚に音を鳴らす時、両の手は、机上に振り落とされたことを知る。
「うるさいよ」裸体のまま放られた消しごむがバウンド。店内に静けさが灯り、消し屑とともに、揺れる。窓辺にいた二人が謝罪の弁を述べたところで、Sは吸い殻の落ちていない灰皿を引き寄せ、人差し指を投下。くるくる回す。
「自己愛も自己嫌悪も存在しないところにいたいの。それだけ」
それはもう遠い過去のことだから、気にしないでくれ、というような印象を与えたい気持ちがすっかり裏目に出てしまったような印象を「ほらもうあんた、何食べんの?」という科白から感じ取る二人。
「ボタン、押すからね?」と、灰皿はくるくると回る。
「ちょっと待ってよ」
「ゲームスタート」と、呼び出し音が鳴る。Iは口内炎を舐めずる。